• 2026年3月2日
  • 2026年2月27日

23.本所立川

 渋谷神泉こころのクリニックです。

 院内に月替わりで展示している浮世絵について、院内にもバックナンバーを含めた解説を置いております。とはいえ、あらかじめ解説を読んだうえで、来院時にじっくりと鑑賞したいとの御意見も頂戴しましたので、展示作品については、当ブログにも解説を掲載しております。

 令和8年3月は、「本所立川」です。

 本図の画題にある「本所」とは現代における東京都墨田区南部地域近郊、「立川(たてかわ)」は隅田川と旧中川を結び、隅田川の両国橋と新大橋の間に注ぐ人工河川「堅川」のことです。

 堅川の由来は、江戸城に向かって縦(東西)に流れることで、周辺には横(南北)に流れる大横川や横十間川があります。現在は首都高速7号(小松川)線に覆われており、この高架下という条件を活かした竪川河川敷公園も整備されています(写真は同公園のHPから引用)。

 さて、北斎の出生地である本所割下水も、この堅川の近隣です。堅川西側の両国方面は大名や武家の屋敷が並び、赤穂浪士の討ち入った吉良上野介の屋敷もありました。一方、堅川東側の錦糸町方面は庶民の町でした。かつての排水路、運搬路であった割下水は暗渠化され、広がった道は現在「北斎通り」となっています。

 当時、運搬に便利な竪川の両脇には、多くの材木問屋がありました。幼少期から身近にあったためか、北斎が材木置場や材木加工の様子を画題にすることは少なくありません。本図では、材木問屋の建材置場を左右に置き、その間に堅川沿いの街並みを展開、高くそびえる資材の間に富士を配しています。中央の大鋸を挽く職人が乗る角材の延長線上に富士の稜線が重なるため、富士の存在にもすぐに気がつく構図です。堅川と富士との位置関係からは、堅川北岸から西南の方角を望んだ光景なのでしょう。

 地表から資材を高々と投げ渡す職人、高く積まれた木材の上でそれを受け取ろうとする職人、大きな角材を鋸で板に加工している職人が生き生きと描かれています。とはいえ、この高さまで資材を積み上げられるものなのか、また、資材を放り投げられるものかどうかについては、かなり疑問です。おそらく、このあたりは北斎得意の誇張表現であると思われ、詮索するだけ野暮なのでしょう。歌川広景による、本図のパロディのような作品もあり、実際にはこうした事故もあったものと思われます。

 揃中、資材を投げ渡す様子は「江都駿河町三井見世略図」にも、材木加工の様子は「遠江山中」にも描かれており、北斎が幼少期から親しんでいた、活気にあふれる職人への関心や愛着が窺えます。

 ただし、本図の木挽職人が加工している角材の先端は、縦に並べられた無数の竹束との間に矛盾があり、騙し絵になっているようです。このあたりは、「 富士山と野の花眺めて山歩き」で詳しく解説されていますので、御興味をおもちの方は是非御参照ください。

 お楽しみいただければ幸いです。

 それでは、また!

渋谷神泉こころのクリニック
精神科・心療内科
03-6427-0555 ホームページ