• 2024年8月22日

指導者が陥りがちな根性論についての雑感

 渋谷神泉こころのクリニックです。

 朝日新聞によりますと、2024年8月20日、長崎県の高等学校の女子柔道部の顧問が、暴言などの不適切な指導を繰り返し、部員に精神的苦痛を与えたために懲戒処分を受けたそうです。

 不適切な指導の具体例としては、「腐ったみかん」、「消えろ」、「くず」などの暴言を用いた𠮟責、顔面への平手打ちや雨天での腕立て伏せによる体罰などのようです。その顧問の方は、県教育委員会に対して「本人たちを奮起させる言葉だった。」と説明しており、県教育委員会の担当者も「全国屈指の強豪校であり、生徒たちの思いをかなえてあげるような指導者を充てた。」とし、(以前の懲戒後の指導復帰の際にも)一部の生徒からは指導の継続を望む声があったことを説明したようです。

 一般的な現代の感覚からすると容認できない態度ですが、こうした問題の再発を防ぐためには、一連の言行の是非よりも、そうした言行を続ける理由を分析し、代替案や改善案を考える必要があります。

 まず、この顧問の根性論的な指導スタイルについて知る上で、個人的に有用だと思うのは「未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命」(片山 杜秀著、新潮選書、2012年)「戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか」 ( 菊澤研宗著、光文社新書、2009年)です。これらでは、過去の日米間での戦争について、圧倒的な国力差があり、長期的な展開や勝ち筋が見えない状況下では、精神論を前面に出さざるを得なかった旨が詳述されています。スポーツにおいても、強豪校がひしめく中、どのように勝利を実現するのか、具体的な分析や計画的・段階的な目標設定ができないと、精神論に陥る可能性が高まります。心理的にも、厳しい状況になればなるほど視野狭窄に陥り、いつの間にか精神論(というよりもむしろ根性論、根性至上主義、根性万能主義)に侵食されるリスクが高まりますので、指導者はこの点を認識しておく必要があると思います。ある漫画で、根性万能主義で試合を展開するキャラクターが描かれていましたが、現実には参考にしないようにしましょう。

 強豪校での指導歴が長い方には、「組織の盛衰 何が企業の命運を決めるのか」(堺屋太一著、PHP研究所、1996年)も参考になると思います。ここでは、限定的な条件下での成功体験を過度に一般化し、当初の目的を見失い、過去の成功パターンをいたずらに反復することで組織全体が衰退していくことの危険性が説かれています。この顧問の方にも、おそらく根性論によって、御自身や部員が一定の競技成績を収められた体験があったのではないかと思います。しかし、そうであったとしても、より安全で効率的な、あるいは、より精神衛生的にも健全な方法がないかどうかを常に吟味し、変化を恐れずに改良していく姿勢が必要であると思います。

 次に、指導スタイルをどう改善していくかについては、「GONG格闘技」2024年5月号での宮田和幸氏の指導論が参考になります。宮田氏は、格闘技の練習に根性論は不要であり、練習においても実戦形式のスパーリングよりも技術習得のための反復作業を重視すべきだと主張されています。出典は忘れましたが、著名な格闘家である堀口恭司氏も、「リングに上がったら、機械的にやることをやってる奴が強いんですよ。」、「精神を凌駕する技術。それをアメリカで学んだ。」と、精神論や根性論を退けています。勝利に必要な技術を抽出し、その技術を構成要素に分解し、一つ一つをいかに習得し、適切に用いられるようにするかという点では、「行動分析学入門(第2版)」(杉山尚子ら著、産業図書、2023年)も参考になります(同書は、性的指向や性自認に関する多様性が認識されるようになった現代に合わせて改訂されたものであり、競技における技術習得論を学ぶ目的であれば第1版で問題なく、中古であればより安価に入手できます。)。

 最後に、精神的苦痛から転校された部員の方についてですが、傷つけられながらも、御自身の感情や感覚に基づく決断力や行動力を発揮されたことに敬意を表します。自愛と自尊の気持ちを失うことなく、これから大きく御活躍されることを陰ながらお祈り申し上げます。

 それでは、また!

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