• 2026年3月13日

こころの回復に向けた三つの視点―理解・行動・価値―

 渋谷神泉こころのクリニックです。

「なぜ自分はこんなに生きづらいのだろう」、「どうすれば気持ちは少し楽になるのだろう」などと感じて悩んでいる方は少なくありません。

 こころの問題を理解し、回復に向かっていくためには、一つの考え方だけでなく、いくつかの視点を組み合わせて考えることが役立ちます。

 精神療法では大きく分けて、
・過去の体験を理解する視点(Insight)
・これからの行動を変えていく視点(Action)
・自分にとって大切なもの・価値観を意識する視点(Value)
という三つの視点がよく用いられます。

 今回は、この三つの視点について簡単に紹介します。

1.過去の体験を理解する視点(Insight)

 まず一つ目は、過去の体験を理解する視点です。幼少期の環境は、その人が周囲の世界にどのような感覚で向き合うかに大きな影響を与えます。たとえば、父母の不仲、子どもに対する否定的な態度、学校でのいじめなど、不安や緊張の多い環境で育つと、周囲からの評価を過度に気にするようになることがあります。近年、このような体験は「逆境的小児期体験( Adverse Childhood Experiences:ACEs )」と呼ばれ、心身の健康への影響が研究されています。

 このような環境で育つと、自分の感覚や感情に基づいて生きることが難しくなり、抑うつ気分や空虚感が長く続くことがあります。その苦しさを紛らわせるために、賭博や浪費、恋愛などの強い刺激、アルコールなどによる気分の変化を求めることもあります。これらは単なる問題行動というより、苦しい状態を何とかしようとする一種の自己治療の試みとも言えるでしょう。

 過去の体験が現在のこころの働きに影響するという考え方は、精神分析の創始者フロイトによって強調されました。精神分析的な視点では、自分の体験や感情の背景を理解することが、回復への第一歩になると考えられています。

2.これからの行動を変えていく視点(Action)

 二つ目は、これからの行動を少しずつ変えていく視点です。逆境的な体験をして育つと、生き方が「他者からどう思われるか」、「どうすれば攻撃されないか」を中心に組み立てられてしまうことがあります。しかし、常に他者の評価を気にしながら生き続けることは、大きなエネルギーを必要とします。そのため、長く続けていると心が疲れてしまうことも少なくありません。

 そこで大切になるのが、自分自身の考えや感じ方を手がかりに、少しずつ行動を選んでいくことです。応用行動分析学では、行動を「死人にはできない活動」と定義します。つまり行動を、「失敗しない」、「怒られない」といった否定形ではなく、「話す」、「書く」、「出かける」などといった、実際に行える具体的な活動として考えます。

 そもそも、人は否定形では具体的な行動を思い描きにくいものです。たとえば「シュートを外さない」と考えるよりも、「ゴールに向かってシュートを打つ」と考えた方が、行動をイメージしやすくなります。このように、小さく具体的な行動を積み重ねていくことが、こころの回復につながっていきます。

3.自分にとって大切なものを意識する視点(Value)

 三つ目は、自分にとって大切なものや価値観を意識する視点です。価値観を意識することは、「過去の体験を理解すること」と「これからの行動を変えていくこと」の両方の方向性を示す軸になります。

 たとえば、ナラティヴセラピーでは、自分の体験を一つの「物語」として見つめ直し、「これからどのように生きていきたいのか」、「どのような生活を送りたいのか」という未来の物語を描いていきます。また、将来どのような生活を送りたいのかを思い描き、その方向に近づく行動を一つずつ積み重ねていくという考え方は、第三世代の認知行動療法、森田療法、ロゴセラピーなど、未来志向の精神療法にも共通しています。

 こころの回復は、過去を理解することと少しずつ行動を変えていくことの両方によって進んでいきます。さらに、自分にとって大切なものや価値観を意識することで、理解と行動の方向をよりはっきりと示すことができます。自分の体験を理解しながら、大切なものを見つめ直し、その方向に向かって小さな行動を積み重ねていくことが、こころの回復につながります。

 自分にとって大切なものは何か、どのような人生を送りたいのか、焦らずゆっくりと考える時間も大切にしてみましょう。

 参考になれば幸いです。

 それでは、また!

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