- 2026年8月1日
- 2026年7月30日
28.見延川裏不二
渋谷神泉こころのクリニックです。
院内に月替わりで展示している浮世絵について、院内にもバックナンバーを含めた解説を置いております。とはいえ、あらかじめ解説を読んだうえで、来院時にじっくりと鑑賞したいとの御意見も頂戴しましたので、展示作品については、当ブログにも解説を掲載しております。
令和8年8月は、「見延川裏不二」です。

本図は、山梨県身延山の麓を流れる見延川と、その川沿いを行き交う旅人たちを描いた作品です。画面の中央奥には冠雪した富士が姿を見せ、その手前には切り立った岩山や激しく流れる川が配されています。静かに佇む富士を主題としながらも、画面全体には険しい山岳地帯ならではの緊張感が漂っています。
題名の「見延川」は、かつては富士川の別称と考えられていましたが、『甲斐国志』などによれば、身延山を源流として久遠寺付近を流れる川を指すとされています。当時、この一帯を通る道は日蓮宗総本山・久遠寺への参詣道であり、「身延道」とも呼ばれ、多くの旅人が往来していました。画面にも、旅人や馬子、駕籠の姿が描かれ、霊場へ向かう道の賑わいをうかがうことができます。


しかし、北斎はこの地の風景を、そのまま写し取ったわけではありません。実際の身延山と富士山の間には天子山地が広がっていますが、本図のような切り立った岩山は存在しません。それにもかかわらず、北斎は巨大な岩壁を左右にそびえ立たせ、谷間から富士をのぞかせる大胆な構図を採用しました。さらに、点描を交えた水の表現によって急流の勢いを描き出し、立ちのぼる霧や雲と相まって、山深い峡谷へ足を踏み入れたかのような迫力ある空間を作り上げています。
岩肌に見られる緑の点描も興味深い表現です。このような描写には、中国・清代の画譜『芥子園画伝』の影響が指摘されており、北斎が日本の伝統的な風景表現だけでなく、中国絵画の技法も積極的に取り入れていたことがうかがえます。西洋遠近法を取り入れた作品として語られることの多い『冨嶽三十六景』ですが、その表現の背景には、このような東アジアの絵画文化も息づいていました。
本図でもう一つ注目したいのは、題名に「裏不二」と記されている点です。「表富士」は一般に静岡県側から望む富士、「裏富士」は山梨県側から望む富士を指します。『冨嶽三十六景』では、富士を望む方角を題名に明示した作品は多くありませんが、本図ではあえて「裏不二」と記すことで、甲斐国側から眺める富士であることを意識した作品であることが示されているのでしょう。

一方で、本図の主役は必ずしも富士だけではありません。旅人が行き交う道、岩山を縫うように流れる急流、湧き立つ霧、そして左右から迫る岩壁――画面全体には絶えず躍動感がみなぎっています。そのような躍動感あふれる風景の中で、富士だけは静かに姿を見せています。北斎は、動と静を鮮やかに対比させることで、自然の力強さと、その奥に変わることなく佇む富士の存在感とを同時に描き出したのでしょう。
このように、本図は現実の景観を忠実に再現した作品ではなく、身延山の霊場としての迫力と、その中に変わることなく佇む富士の存在感とを、一つの画面へと再構成した北斎ならではの傑作といえるでしょう。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは、また!
