- 2024年9月3日
- 2024年9月4日
1.凱風快晴
渋谷神泉こころのクリニックです。
院内に月替わりで展示している浮世絵について、解説は院内の掲示板の棚に置いておりますが、ブログでの記載の方が鑑賞に集中できるとの御意見をいただきました。そのため、これまでに展示した作品から順に、当ブログでも解説させていただくことにいたしました。
今回は「凱風快晴」、令和6年4月に展示した作品です。
初秋の早朝、富士の山容が次第に赤く染まっていきます。力強く一日の開始を告げる光景です。
画中、未だ暗い富士の山頂と、赤く染まった山腹は、快晴での一日の始まりをうかがわせます。鰯雲がたなびき、どこまでも広がる晴天の青空の下、霊峰富士の偉容がわれわれの感情を揺さぶります。その瞬間の感動を、北斎はその技量と偉大な精神力とで、きわめて大胆な構図と、僅か三色の色彩のみとで静かに表現しています。西欧の印象派の芸術家たちが大きな感銘を受けたことを、即座に納得できる作品です。
俗に「赤富士」とも呼ばれるこの「凱風快晴」は、「神奈川沖浪裏」(下左図)、「山下白雨」(下右図)とともに揃中の三大名作の一つとされ、北斎の最大の名画といわれています。
なお、「凱風」とは、夏に南から吹くやわらかな風のことで、本作の英訳タイトルは「South wind Clear sky」となっています。
技術的な見どころとしては、以下の五点が挙げられます。
① 山頂;濃色にすることで明度対比を強め、富士がぼやけることを防いでいます。
② 山腹;画中で大きな面積を占める山腹は、ぼかしだけでは単調になりかねません。ここでは、版木の木目を利用することで、空気の流れまでも感じさせるような変化を生んでいます。
③ 裾野;濃色にすることで額縁としての役割が加わり、山頂がより引き立てられています。
④ 青空;夕焼け空では、赤富士と同系色になり、穏やかな富士になってしまいます。空の青さを富士の赤と対比させることで、画面を引き締めています。
⑤ 鰯雲;快晴とはいえ、全くの蒼天では、水平と垂直の対比がなくなり、おとなしい絵になってしまいます。鰯雲を水平にたなびかせることで、富士の垂直に伸びる三角形を際立たせています。
実際には、空気が澄んだ早朝の晴天でなければ「赤富士」はみられませんので、「鰯雲」と同時に出現することはないのではないかと思います。しかし、北斎はあえてその二つを結び付け、富士を生き生きと見せることに成功しています。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは、また!