• 2025年10月1日
  • 2025年9月30日

18.青山円座松

 渋谷神泉こころのクリニックです。

 院内に月替わりで展示している浮世絵について、院内にもバックナンバーを含めた解説を置いております。とはいえ、あらかじめ解説を読んだうえで、来院時にじっくりと鑑賞したいとの御意見も頂戴しましたので、展示作品については、当ブログにも解説を掲載しております。

 令和7年10月は、「青山円座松」です。

 本図は、江戸名所の一つであった青山竜岩寺(現・龍厳寺)の松を富士と対比させた作品です。

 松と富士の組合せは、河村岷雪の「松間」から着想を得たと言われています。

 北斎が本図で描いた松は、「枝のわたり三間(約5.5 m)あまりあり」と言われるほどの大木でした。その四方に広がる枝ぶりからは、「笠松」や「円座松」などとも呼ばれ、岡山鳥の『江戸名所花暦』や斎藤月岑の『江戸名所図会』などでも紹介されるほどの銘木でした。

 桜と異なり、通年で鑑賞できる松は、宴会の口実にうってつけだったのでしょうか、右隅の前景部分には人物群が集中的に配され、動的で賑やかな雰囲気になっています。

 左隅には、あまりにも大きく広がった松の枝を支える添木材に交じり、箒で松葉を集めている庭師の下肢も描かれています。

 江戸見聞録である『遊歴雑記』によると、竜岩寺は「狭いながらも趣向が凝らされており、掃除も隅々まで行き届いたきれいな寺」と評価されており、日常的にこまめな清掃がなされていたことがうかがえます。

 ところで、松葉、松毬(まつかさ)、松幹、松根など、松にはあらゆる部位にテレピン油が多く含まれています。そのため、当時の人々は、集めた松葉や松毬を、風呂や竈の焚付け、瓦など鋳物の加熱などの際に、燃料として利用していたようです。この松の油は、戦時中には(実際には「松幹脂」が主体であったようですが)「松根油」として、ガソリンの代用燃料として注目されました。下は、当時の陸軍省、海軍省、農商省、全国農業経済会などによる松根油増産促進用のポスターで、九九式双発軽爆撃機と思われる機体が描かれています。ただし、航空燃料としての大規模に実用化には至りませんでした。

 本図の構図としては、円座松と建物の屋根とによって切り取られた「すやり霞」の逆三角形が、富士の稜線による三角形との点対称になっている点に注目です。この構図は、揃中の「甲州三坂水面」に酷似しています。また、円座松の円蓋も富士の三角形と対比されており、画としての面白さのためでしょうか、大きさも揃えられています。

 このように、本図には北斎得意の対称と対比の両方を楽しめる構図の妙があります。また、松葉の彫刻表現が非常に精緻で、彫師の技巧も存分に堪能できる作品です。

 お楽しみいただければ幸いです。

 それでは、また!

渋谷神泉こころのクリニック
精神科・心療内科
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