• 2025年11月1日
  • 2025年10月29日

19.相州江の嶌

 渋谷神泉こころのクリニックです。

 院内に月替わりで展示している浮世絵について、院内にもバックナンバーを含めた解説を置いております。とはいえ、あらかじめ解説を読んだうえで、来院時にじっくりと鑑賞したいとの御意見も頂戴しましたので、展示作品については、当ブログにも解説を掲載しております。

 令和7年11月は、「相州江の嶌」です。

 本図は、相州江の嶌、つまり相模国の江の島を描いた作品です。江の島は、現在の神奈川県藤沢市、相模湾の海上にある島です。満潮時には海によって陸地と隔てられ、干潮時には砂州によって陸地と繋がる陸繋島になります。こうした島は潮汐島 tidal islandと呼ばれ、海外ではフランスのモン・サン=ミシェルが有名です。

 景勝地として認識されることの多い江の島ですが、古来は海蝕崖に囲まれた険阻な地形も相まって、宗教的な修行の場として利用されていました。モン・サン=ミシェルも古来は修道院として利用されており、こうした潮汐島は、その神秘性と適度な利便性も相まって、修行の場として馴染みやすいのかもしれません。

 現在の江の島には、江の島大橋(自動車・自転車専用)と江の島弁天橋(歩行者専用)が架けられ、いつでも渡ることができます。下図は、日本三大弁財天である江島神社のHPに掲載されているマップを、江の島大橋や江の島弁天橋がわかるように改変したものです。島は、台地が存在する西部と中央部、埋立地が中心の東部に大別されます。埋立地は、1964年の東京オリンピックの際に、ヨット競技のために造成されたそうで、マップや航空写真からもその様子がうかがえます。

 さて、江の島の風景は、それまでにも多くの絵師たちによって描かれてきました。その定番の構図は次の二つです。一つは、片瀬海岸から砂州とともに江の島を眺める構図、もう一つは、七里ヶ浜の砂浜から遠方の江の島と富士を眺める構図です。北斎もそれぞれの構図での作品があり、本図は前者の構図、揃中の「相州七里ヶ浜」は後者の構図です。

 本図については、北斎にしては珍しく、特別の誇張や演出はなされず、自然な風景としての写実的な仕上がりです。特別の工夫を凝らさずとも、干潮時のみに現れる砂州の道、小さな島に密集する家屋など、そのままで十分に面白い景色だということなのでしょう。江の島関連の他作品と比較すると、江の島の全景を描かず、右の空間に小さく富士を配しながら空を広くとることで生じる開放感、樹々の新緑や透き通るような水面によって表現される春から初夏にかけての清涼感など、画中の雰囲気を生き生きと感じさせる点が、憎い演出といえるかもしれません。

 お楽しみいただければ幸いです。

 それでは、また!

渋谷神泉こころのクリニック
精神科・心療内科
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