• 2024年9月5日
  • 2024年9月6日

3.神奈川沖浪裏

 渋谷神泉こころのクリニックです。

 院内に月替わりで展示している浮世絵について、解説は院内の掲示板の棚に置いておりますが、ブログでの記載の方が鑑賞に集中できるとの御意見をいただきました。そのため、これまでに展示した作品から順に、当ブログでも解説させていただくことにいたしました。

 今回は「神奈川沖浪裏」、令和6年6~7月に展示した作品です(7月に発行された新千円札にも採用された作品ですので、展示期間を延長いたしました。)。

 本作は、現在の横浜本牧沖から富士を眺めた図です。揃中で三役と呼ばれ、世界でも「モナ・リザ」に次いで有名であるとされる、北斎70歳台での作品です。世界では“The Great Wave of Kanagawa” として知られており、ドビュッシーがこの絵から着想を得て、交響曲「海」を作曲するなど、世界中のアーティストに影響を与えました。

 画面中央に鎮座する遠景の富士と画面前景の大波は、動と静、近と遠の対比をなし、そこに北斎の近代的かつ独特な構図観が反映されています。この「神奈川沖浪裏」を左から右に見ていくと、飛沫をあげている巨大な波が、「ざぶーん」とくだけ落ちた真下に富士があります。そのため、「ざぶーん富士」という愛称もあるようです。

 作中の船は押送船(おしおくりぶね)、3本のマストと7本の櫓が付いています。房総で捕った魚を、江戸の台所に届ける高速船であり、浦賀の関所もノーチェックで通過できる特権をもっていました。黒船のカッターボードとの競争に勝ったという逸話もあるそうです。

 作中、これらの押送船は、襲いかかる波濤にこらえて航行を潮流にまかせているかにみえます。北斎は、まるで船団の中からこの光景を描写しているかのような低い視線で、迫力ある臨場感を演出しています。

 ところで、北斎は、本図発表より約30年前(40歳台)にも同様な発想で「おしおくりはとうつうせんのづ」を描いています(下左)。本作(下中)ではその波濤表現をさらに進化・確立させたと言えますが、北斎はさらに最晩年にあたる80歳台で、長野県小布施町の祭りの屋台に「上町祭屋台天井絵『怒涛図 女浪』」という天井絵を描いています(下右)。

 「百十歳にして一点一画生けるがごとくなるだろう。」と語った北斎の飽くことなき探究心は、この三作を眺めることでより深く感じられます。既存の表現で満足することなく、試行錯誤を続けた北斎の偉大な精神は、赤木しげる氏の人生観にも共通するところがありますね。

 お楽しみいただければ幸いです。

 それでは、また!

渋谷神泉こころのクリニック
精神科・心療内科
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