- 2024年12月2日
8.東海道吉田
渋谷神泉こころのクリニックです。
院内に月替わりで展示している浮世絵について、院内にもバックナンバーを含めた解説を置いております。とはいえ、あらかじめ解説を読んだうえで、来院時にじっくりと鑑賞したいとの御意見も頂戴しましたので、展示作品については、当ブログにも解説を掲載しております。
令和6年12月は、「東海道吉田」です。
東海道の吉田は現在の愛知県豊橋市下五井町にあたり、本図は、その地にあった「不二見茶屋」からの光景が描かれています。
画中、茶屋奥の簾が上げられ、窓枠で切り取られた一幅の絵画のような富士が見えます。夏目可敬編『参河国名所図絵(みかわのくにめいしょずえ)』によると、京都から東に向かう道中、この「不二見茶屋」のあたりで初めて富士が見えたようです。ただし、現実には山々の間にかろうじて富士が小さく見える程度であったと思われ、本図の富士は過剰に演出されたものでしょう。
店内では、旅行中の二名の女性が、縁台に座って茶屋の女将から説明を受けています。左側の二名の男性は、女性らを乗せてきたと思われる駕籠かきです。休憩がてら、一名は月代(さかやき)の汗を拭い、もう一名は草鞋を木槌で叩いて柔らかくしています。登場人物の表情、姿勢、筋肉の一つ一つの描写など、女性の華やぐ声や駕籠かきの熱気までもが伝わってきそうで、人物画という点でも北斎の観察眼と画才がいかんなく発揮されています。
構図としては、店の入口が店内の光景を額縁のように切り取り、富士見窓の枠と合わせて画中画のような入れ子構造になっています。
軒下の看板には「御茶津希(お茶漬け)」、さらにその下には「根元吉田ほくち」の文字があります。
お茶漬けに関しては、江戸時代中期以降、番茶や煎茶の普及に伴い、元禄時代(1688~1704年)の頃からは街中や街道沿いに「茶漬屋」が増えていきました。本図の時代にはかなり身近なメニューになっていたのでしょう。
ほくち(火口)とは、火打石や火打金などで起こした火を最初に着火させるための燃えやすい燃料のことで、同地の名産品であったようです。根元とは「元祖」という意味ですので、「根本吉田ほくち」とは、「元祖・吉田産増燃材」といったところでしょうか。
右側でくつろぐ旅人の笠(下左図)には版元「西村永寿堂」の「永」の文字と「山型に巴紋」の家紋が描かれています。下右図は「ゑちぜんふくゐ(越前福井)の橋」(葛飾北斎、諸国名橋奇覧)という別の作品ですが、ここにも「寿」の文字と「山型に巴紋」の家紋が描かれています。これらは版元の宣伝でもあり、浮世絵が商品として販売されていた往時が偲ばれます。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは、また!