- 2024年8月1日
パリ五輪に関する雑感②
渋谷神泉こころのクリニックです。
最近は、パリ五輪の柔道競技を観戦しています。就寝時刻の関係上、準々決勝あたりまで観て、準決勝以降の結果は翌朝に確認する程度ですが……。
今大会の柔道では、組み手争いが激化し、十分な技をかけることが困難になる中、偽装攻撃や防御姿勢などへの「指導」(要するにマイナスポイントで、3回の指導で反則負け。)をいかに誘発するかといったポイントゲームに徹する傾向が顕著です。どのタイミングやどの行為に対して「指導」を出すかは、審判の主観によるところも大きく、その結果として「地元判定なのではないか。」、「審判を買収したのではないか。」などと、他国の選手への誹謗中傷が殺到することも珍しくないようです。
こうした状況下で、2024年7月29日、パリ五輪・柔道女子57 kg 級で金メダルを獲得した出口クリスタ選手が、8月1日にXで日本語及び英語で、SNSなどでの誹謗中傷に対して抗議しました。
出口選手のコメントが、現在の柔道競技の置かれている状況、戦略的思考、SNS全盛の現代における不特定多数の他者とのかかわり方などについて、非常に秀逸な内容であり、感銘を受けたために引用させていただきます(改行を読点に置換するなど、一部改変しました。)。
Xユーザーの出口クリスタ/Christa Deguchiさん: 「https://t.co/Hu1BW5uIAt」 / X
「コメント欄を見ていて悲しくなるし、私が戦ってきた選手に対してあまりにも申し訳ないので、ここにコメントさせて貰います。選手を庇いたくなる気持ちも分かるけど、こういう所での不毛な争いは国や選手、色んな人を巻き込んでマイナスなイメージを植え付けるだけで、得する人は誰一人としていないです。ネガティブな意見を持つな、って言っているのではなくて、他人が悲しくなるような言葉の矢をわざわざ放たなくてもいいんじゃないでしょうか。確かにしょっぱい試合ばっかだったけど、皆自分のベストを尽くしたわけで。畳に立った人達は互いにリスペクトして、ベストを尽くしているのだから、応援してくれた皆様にもそうして貰えると有難い。」
“Let me leave a comment here because I feel sad when I read the comments and at the same time I feel sorry for the players I’ve fought. I understand that you want to protect the players who you care about.
But no one will feel good from a futile battle that will involve the country, players, and many other people. I’m not telling you not to have a negative opinion. But you don’t have to point the gun and shoot those words. The games didn’t work out like how I wanted, but every fighter did their best. People standing on tatami mats respect each other and fight for their dreams. So, as you can, I’d appreciate it if all the fans could do as we do. Thank you.”
まず、柔道競技の置かれている現状というのは、「視聴者に分かりやすい面白さがなければ、スポンサーもつかず、競技人口も増えず、レスリングとの差別化もできず、五輪競技としての存続が危ぶまれるため、ルールの改正などをつうじて対策する必要がある」というものです。野球でも試合時間の短縮が図られ、ヒット曲でもイントロが短縮、動ででは倍速視聴が一般化しつつあるという、時間効率が重要視される現代社会では、柔道の試合展開も迅速でなければなりません。これらに対応するために国際柔道連盟もルールの変更を重ねてきましたが、その結果として、選手は(少なくとも試合においては)技の威力や精度よりも、いかに相手に組ませず、自分だけが技を次々にかけられるかということを追求せざるを得なくなりました。
ちなみに、こうした経緯や状況は 蘇れ!柔道最強説 BABジャパン出版局 (hiden-shop.jp) に詳述されていますので、御興味をおもちの方は是非御一読ください。
出口選手は「確かにしょっぱい試合がばっか」と現状を認識しつつも、それでも勝利そのものが試合の目的であるという現実を直視した上で、どの国の選手もそうした葛藤(さらには練習環境や情報環境の格差)の中で最善を尽くしていることを認識されています。
たしかに柔道競技のあり方について、消極的、否定的な意見や感想があることは否定できませんし、これらを抑圧してしまえば、建設的な議論も不可能になってしまいます。しかし、それと選手個人への誹謗中傷とは直結するものではありません。
柔道に限らず、私たちの多くは、さまざまな制約や格差の中、理想と現実の狭間でそれぞれの人生を展開しています。それですので、自分とは異なる他者の状況や価値観を理解し、尊重しようとする姿勢がなければ、皆が傷つけあうだけの殺伐とした社会になってしまいます。
こうしたことを簡潔にまとめられ、日本語と英語とで発信された出口選手の投稿からは、対話的な姿勢と異なる他者への優しさが感じられ、まさに嘉納治五郎先生の掲げた「精力善用・自他共栄」の理念を体現されているものと思います。
私も出口選手を見習い、まずは嘉納治五郎先生の色紙 講道館オフィシャルオンラインショップ / 嘉納師範書色紙<精力善用自他共栄> (kodokanshop.jp) を購入することから始めたいと思います。
それでは、また!