• 2025年4月1日

12.相州梅沢左

 渋谷神泉こころのクリニックです。

 院内に月替わりで展示している浮世絵について、院内にもバックナンバーを含めた解説を置いております。とはいえ、あらかじめ解説を読んだうえで、来院時にじっくりと鑑賞したいとの御意見も頂戴しましたので、展示作品については、当ブログにも解説を掲載しております。

 令和7年4月は、「相州梅沢左」です。

 相州とは、旧国名である相模国の略称で、現在の神奈川県の大部分に相当します。梅沢は、現在の神奈川県中郡二宮町にある地区で、江戸時代には東海道の大磯宿(神奈川県大磯町)と小田原宿(同小田原市)との間という立地から、立場(たてば;休憩所)がありました。この大磯・小田原間は、他の宿場間よりも距離があったこともあり、梅沢には宿場町に匹敵する賑わいがあったそうです。

 この梅沢近辺で、相模湾に注ぐ中村川のほとりから、富士を望んだ絵柄であるとされているのが本図です。富士の手前にある丸みを帯びた山は、標高870mの矢倉岳でしょう。なお、「梅沢左」は、「梅沢庄」か「梅沢在」の誤刻と考えられています。

 本図では、藍色を基調に、たなびく霞に施された紅、水辺に寄り添う五羽と富士に向かって悠然と飛翔する二羽の鶴などで、白々明けの澄み切った空気が表現されています。北斎の画境到達点の一つと言っても過言ではないでしょう。

 浮世絵としては、あまりに高尚で面白味がないと評されることもありますが、画題が富士と七羽の鶴という縁起物である点からは、大衆的な吉祥図の一種ともとれるかもしれません。

 さて、本図で用いられている藍色は、当時人気のあった「ベロ藍」と呼ばれる顔料です。これは、1704年にベルリンの染料業者が偶然に合成した顔料です。日本には延享4(1747)年に初めて輸入され、発見された地名をとって「ベルリン藍」、省略して「ベロ藍」と呼ばれていました。当時のベルリンはプロシア王国にあったため、プルシアブルーとも呼ばれています。

 ちなみに、梅沢のある二宮及びその近隣地域を「エリア8.5」として、地域活性化を図るプロジェクトがあります。東海道の8番目の宿場である大磯と、9番目の宿場である小田原の間という意味で、「エリア8.5」としたそうです。二宮駅北口の商店街にあるフルサワ印刷の建物壁面には、プロジェクトの一員であるEastside Transition(EST)によって、本図を基にした作品が描かれています。

 浮世絵の意匠は、渋谷を中心に展開する「俺流塩ラーメン」のメニュー表でも活用されています。真に優れた表現は、時代を超えて通用することを示す好例ですね。

 お楽しみいただければ幸いです。

 それでは、また!

渋谷神泉こころのクリニック
精神科・心療内科
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